こちらに来てから2年と半年という期間に自分のサロンをオープンすることが出来ました。その時、27歳の後半でした。
皆さんもいろいろな理由でこの仕事につかれた方だと思いますが、美容師としての使命を考えたことがありますか?縁あってこの仕事に携わっていると考えたとき、私達に与えられている使命ははかりしれない意味があると思います。一人でも多くの人達が自分の手によって身も心も美しくなってほしいと思うからこそ、そこに常に自分を磨こうとする姿勢も出てきます。また指名客が増えればもっとよりよい技術、サービスを自分を応援して下さっているお客様のために提供していこうと思えばこそ、一日一日に努力や研究がなされ、自然に自分の実力に変わっていくことになると思います。
一般に技術者になるともう練習は必要ないように思われますが、僕は逆にアシスタント時代よりも技術者になってからの勉強が大切だと思っています。何故なら、技術者になって初めてお客様へのサービスを全て任せてもらえるわけですから、それが美容師としての本当のスタートラインだと思うのです。スタイリストになってからはかなりの個人差が出てきます。それというのもアシスタント時代には先生は平等に教えてくれますので、それほどの個人差は出ませんが、スタイリストになってしまうと誰も教えてくれる人がいないからです。先生をなくしてからの心構えが最も大切ではないでしょうか?常に自分に厳しく、自分の成長を強く望み、一流の美容師としての道を究めるぐらいの気持を持って、素晴らしい自分自身の人生のために日々努力していくことが大切だと思います。
それから、この仕事の素晴らしさをただお給料のためだとか、生活のためだとかとしか考えられない人は、この仕事を辞めた方がよいと思います。何故なら、あなたを本当に支えてくれる人は会社の社長や店長でもなく、それはあなたのお客様だからです。お客様はあなたに感謝の気持ちを込めて料金を払ってくれているのですから・・・。もし、あなたのカット料金が5千円だとしても、1万円に値する技術、サービスを提供しようと思うくらいの気持ちがあってこそ、お客様を感動させられるのではないでしょうか?
なにはともあれ、美容師としての自分を磨いていくことが結果的にあなたの将来を左右すると思います。僕がこのような考え方を持てたのも、海外で美容師として生き残っていくためにはかなりの厳しさがあったからでしょう。
振り返れば僕にとって初めての海外がこのN.Y.でした。英語も話せず聞くことも出来ず、友達も知人もなく寂しい日々で、すぐにでも日本に帰りたいと思っていましたが、僕には夢がありました。美容を目指した頃と同じ気持ちで「N.Y.でヘアドレッサーになりたい」という願いを、時にくじけなりつつも自分自身を励ましながら、一歩一歩進んでいきました。いつしか英語を話せるようになり友達も増えました。ある意味ではN.Y.で生きていくために仕事を得て、生活をしていくことはかなりの厳しさもありましたが、だからこそ僕にとっての創作の原点がこの街に生まれたような気がします。
今も尚、たくさんの美容師の方々この街にやってきますが、この街に夢を持ってきたのなら絶対に諦めずに頑張って下さい。
道のりは遠いようで近く、近いようで遠いものです。全ては皆さんの心の強さだと思います。
今後の僕の目標としてたくさんあることのひとつに、日本人美容師としてN.Y.の日系の方々に恩返しをしていくことがあります。それから日本人というひとつの民族の価値を、この仕事を通じて一人でも多くの方に知ってもらいたいと思っています。さらには世界中の人々が共存、共栄していけるような次世代の人達への足がかりになっていければと考えています。そういう土壌がアメリカにおいて出来上がったら、日本の美容師さんがもっとたくさん活躍できる舞台作りのために日本に戻って活動したいと考えていますので、力を貸していただける方がいましたら、ご連絡いただければと思います。最後になりましたが、僕の体験リポートを最後まで読んで下さった読者のみなさまに感謝いたします。僕からのメッセージは「“人、ピュア、夢”を大切に」です。 |